この絵は保育用語で『頭足人(とうそくじん)』と言います。体を描かずに“頭(顔)”から直接手足がニョキッと出ているので、そのように呼ばれています。
子どもの絵(描画)の育ち・発達の歩みの中に見られるもので、だいたい2.3歳~4.5歳の間に現れ、人間以外でも動物を表現するときにも見られたりします。
絵の“丸い部分”は「顔や頭であるという」説と「体を含めた人間(動物)の全体を象徴している」という説があります。
『頭足人』を描くことは、赤ちゃん時代からの運動面の発達にたとえてみると、ちょうど『ハイハイをしていること』にあたります。
ハイハイをたくさん、十分にした赤ちゃんは、体の筋力がバランスよくつき、体の動きや身のこなしが滑らかになり、後々歩くようになったときに大いに役立ちます。
同じように『頭足人』の時期を、大人のあたたかい見守りの中でゆったり、たっぷりと過ごした子どもは、絵を描くことをじっくりと楽しめるようになり、絵を描くことが好きになっていきます。これは、『人に何かを伝える』『自分の中にあることを表現する』ための土台をしっかりと育むことにつながります。絵を描いて遊ぶ活動のエネルギーや意欲を蓄えるだけではなく、人に表現し、人とコミュニケーションを取るための基礎を作っていることになるのです。
この『頭足人』の絵になる少し前には、〇のようなものをあちこちに描いたり、グルグルとうずまきのようなものを繰り返し描いたりする時期もあります。手足が出てくる前の頭足人のような絵に見えます。お絵かきにおける”ハイハイ”の前の”ほふく前進”のようなものかもしれませんね。
この”ほふく前進”も”ハイハイ”も大きな成長として嬉しいもので、とてもかわいらしい姿です。
『頭足人』の絵を見て「体がない人間の絵はおかしい(正しくない)から、描き方を教えた方がいいのか」と悩まれる親御さんがいらっしゃいます。
「子どもが正しい人の絵を覚えられるようになるために、大人の絵のお手本を無理やり与えたり、真似させたり、自分の絵を直させたりした方がいいのか」とご心配なさる親御さんもいらっしゃいます。
親御さんのこうした熱心さはとても尊いものですが、早すぎる熱心さは時としてお子さんの年齢や育ちの段階に沿わなくて、子どもは嫌がったり、絵を描くことをやめてしまったりすることがあります。
「自分の心の中にあるもの、自分の好きなことをお絵かきして表現すると、直させられてしまう」という経験は、自分のすることに自信をなくし、絵を描くこと自体が苦痛になったり、嫌いになったりしてしまうことにつながってしまうかもしれません。
そうするとお絵かきの”ハイハイ”を思い切り練習する場をなくしてしまうことになってしまいます。
ハイハイをたくさん練習する必要がある時期に先取りしすぎて「立つ」「歩く」をさせようとしてもなかなかうまくいきませんよね。『頭足人』も同じです。『頭足人』は“立ったり、歩いたりする前のハイハイ”です。体も手足もある絵を描くようになる前の大事な時期です。
「うまい、へた」「ただしい、おかしい」という物差しではなく、子どもは自分の心の中にあるものを豊かに外に出せているか、大人はそれを受け止め、同じ気持ちでわかり合えるか、お絵かきを通してやりとりやコミュニケーションを楽しめているか・・・そうしたことに目を向け、大切にしていきたいですね。
ゆったり、じっくり楽しく絵を描いたり、大人が描くいろいろな絵を楽しみながら目にしたりする経験を積み重ねていくと、子どもは自然と自分から体や首、そこから伸びる手足も描くようになっていきます。
「たくさん描いて、えらいね」「大きく描けて、すごいね」「違う色もきれいだね」「今日は何を描いたのかな」「今日はどんな気持ちなのかな」「体や手足がついた絵を描くようになるのはいつかな」など楽しみながら子どもの育ちを見守っていきたいですね。
~夏の『頭足人』~
同じ〇やグルグル描きでも、似たような頭足人でも、その時の経験や気持ちによって選んで使う色、絵の大きさ、線の強さがなど異なっていることもあります。
好きな色が変わったり、増えたり、絵の大きさや線の勢いに変化が出てきたり、生きている絵は少しずつ変化、進化していきます。
クレヨンを持ち始めたばかりの時期や、何かを描き始めてすぐのころは、「腕を動かす運動」のような色合いが強いですが、そのうちに「気持ちの表現」「経験の再現」のようなお絵かき遊びに段階が進みます。
定番のグルグル描きでも、もしかしたらソフトクリーム、空の雲、打ち上げ花火・・・夏の経験のいろいろを表現しているかもしれません。
いつもの『頭足人』もお盆に会った祖父母や親せき、駅やサービスエリアでの人込み、夏の定番オバケ、映画で観たヒーロー、もちろん夏を元気に過ごす自分・・・夏の思い出をあれこれ伝えているかもしれません。
子どものグルグルや『頭足人』の絵を「こんなことしたね」「あんなことあったね」「あそこに行ったね」「たのしかったね」「おいしかったね」「また会いたいね」など、一緒に経験できた夏の一コマを伝え合える一つのきっかけにしてみてください。
子どもにとって“絵”は言葉と同じです。
嬉しい気持ち、悲しい気持ち、楽しかったこと、がんばったこと、怖かったこと、悔しかったこと、お気に入りの物、おいしかったごはん、大好きな人たち・・・言葉ではうまく言えないけれど、子どもにもちゃんと心の中に抱えていること、頭の中に浮かんでくることはたくさんあります。
そうしたものを小さいうちはまだまだ言葉はつたなく、大人のようにはうまく表現できないので、線や絵の力を借りて表現しているのです。今使える色で、今描ける線や絵で精一杯伝えているのです。子どもは”絵”でお話ししているのです。
大きくなって行く途中には、同じ色しか使わない時期、グルグルうずまきばかり描く時期、怒ったように力を入れて紙を塗りつぶす時期など絵の段階は様々です。大人としては「同じものばかり描いていて、このままでいいのかしら?」と心配になってしまうかもしれませんが、子どものその時を受け止め、ありのままを受け入れ、子どもの表現に耳を傾けて、くみ取っていくこと大切です。そして、それを続けていくことで絵は年齢や段階に応じて変化、成長していきます。
まずは子どものお絵かき遊びに興味を持ち、何を描いているのか一つ一つ知っていきましょう。そうした絵を通しての話かけや、やりとり、おしゃべりを広げ、わかりあっていくという経験の積み重ねをしていってください。
夏の出来事を語っているグルグルうずまきや『頭足人』がいっぱいとびはねている絵には、きっと豊かな思い出がつまっているはずです。
夏休み後半です。それぞれのご家庭で、色鮮やかで豊かな夏の思い出を作ってくださいね。
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